こちらはムスティエ焼きの素朴で厚みのあるお皿。アイボリーホワイト地の釉薬の真ん中に可愛いお花が一輪、縁回りには黄身色のアクセントが施されています。

17世紀後半から19世紀初頭にかけてムスティエはフランス陶工の主要な中心地でした。南仏プロヴァンスにある町、ムスティエ・サント・マリーは17世紀からファイアンス焼の街として栄えます。

当初は緑と茶色の自然な色合いの釉をかけた陶器が作られていました。1668年にイタリアの修道士によって、ムスティエに白い釉(スズを含む)の作り方を秘伝されたと言われています。

ルイ14世(1643-1715)の時代、国の財政を救済するため金や銀の食器を溶かして財源にするよう王命が発せられ、それにより金銀器の代わりにムスティエの陶器が、ヨーロッパの宮廷界で最高の名声を得ることになりました。

しかし19世紀になると、英国から美しい白の陶磁器がフランスに流入、2世紀に渡るムスティエの陶器は衰退し、最後の炉は1873年に閉鎖されました。

その後、1920年頃からプロヴァンスではムスティエのファイアンス焼を復活させるため、再び陶器の製造を開始します。そして現在では11のムスティエ陶器のアトリエがあります。

本品は、裏面にフークの2つの絡み合った『FF』のサインと Fouque de Moustiers の刻印がスタンプされています。ジョゼフ・フーク(Joseph Fouque)は、1749年、同じく画家であったジャン・フランソワ・ペロカンと共にペロカン&フーク(Pelloquin et Fouque)陶器工場を設立します。ペロカンの死後、工場の権利を彼の息子に譲渡し、名門クレリッシー工場を買収して1783年にフーク工房を設立しました。ジョゼフ・フークは1790年にムスティエの市長も務めました。

Fouque de Moustiers 印

・France 18世紀(1783−1799)

・サイズ:直径22cmx高さ2.8cm

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