サルグミンヌ製陶工場の創業者であるニコラス・アンリ・ヤコビとそのパートナーは、1790年フランスの東、ドイツ国境に隣接する町サルグミンヌに最初の工場を設立しました。しかし経営はうまくいかず、19世紀に入り工場はバイエルン出身のドイツ人、ポール・ウッチシュナイダー(Paul Utzschneider)に引き継がれることになります。彼はフランスの小さな町だったサルグミンヌを各地の国際博覧会で世界に紹介します。そして彼の最高の顧客は帝政時代のナポレオンやブルボン朝にまでいたるようになります。

その後工場の経営は順調に進み1830年には、Villeroy&Bochと資本協力し、市場を分け合う選択をします。またこれまで薪オーブンで製造されていた工場に、蒸気運転プラント(石炭オーブン)が建設されより生産力が向上されます。

1870年の普仏戦争によりフランスはプロイセン(現ドイツ)に敗北、フランクフルト条約によりサルグミンヌのあるモーゼル地方一帯はドイツに分割されてしまいます。 フランス籍であることを守るため、1876年サルグミンヌはドイツのUtzschneider&Cie(U&C Sarreguemines )と Digion et Sarreguemines の2つに会社を分割します。そしてフランス領のディゴワンとヴィトリー・ル・フランソワの工場は、会社名を Digion et Sarreguemines に変更、1881年から総称を Faienceries de Sarreguemines、Digion et Vitry-le-Francois と呼ぶようになります。

Paul de Geigerが1913年に亡くなったとき、Utzschneider&Cieは2つの会社に分割されました。地政学的な状況からSarregueminesの陶器工場はフランスの工場とは独立して管理されます。

第一次世界大戦のドイツ敗戦によって、サルグミンヌ製陶工場はフランスに戻り、サルグミンヌ・ディゴワン・ヴィトリールフランソワの名前で統一され、カザール家によって経営が継続されることになります。

その後、経営不振より1942年~45年にかけて再び Villeroy&Boch に経営が委託されます。1979年には、ルネヴィル・バドンビレー・サンクレマングループに買収されます。この時期よりサルグミンヌは長年続いた食器製造を諦め、タイルの製造に専念することになります。これが1982年から「Sarreguemines Bâtiment」と呼ばれる理由です。2002年には株主となった従業員に製造が引き継がれ、「CéramiquesdeSarreguemines」と名付けられました。

2007年1月、サルグミンヌは裁判所に破産を宣告し、時代に翻弄されながら、200年以上続いたフランスを代表する古窯は、その歴史に終止符を打ちました。

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